2013年6月19日水曜日

狂気の香り

Hさん(92歳 女性)はとても上品でお子さんを2人持っていらっしゃる。
(お子さんと言っても息子さんがすでに介護を受けておられるが)
認知症を発症したものの、いわゆる「まだら呆け」というやつで
所々しっかりされている。
身なりはいつもキチンとされていて
かかった洋服もひと目で高価なものだと判る。

私が入るサービスはお掃除で(建前は)主に健康状態の変化や話し相手。

Hさん曰く 何故自分がこんな施設に入れられたのかが判らない。どうして一人でここに居ないといけないのか、歩いてすぐの自分の家に帰りたい。
毎回そう訴えられる。

私は「息子さんも今病気で、奥様を亡くされしばらくはそっとして欲しいのでは?」とか
なんだかんだと慰めたり、一緒に嘆いたり
なんとか違う話に転換して、笑える話をしたり
・・・・そんなことしか出来ない。

それも週に一度・・・ほんの1時間程。

Hさんは日毎に痩せていき、初めのような「怒り」をぶつける事も少なくなり
目は力を失い、食欲がなくなり、どんどん小さくなっていく。

部屋は生活感がまったく無く、TVの音も消され、掃除といってもほんの30分もあれば終わってしまう位に。

なんだか嫌な胸騒ぎを感じ、枕の下に手を入れたら、冷たい刃が指に当たった。

悟られないように関係のない話をしながらズボンのお尻に隠した。

果物ナイフだった。

冷たい汗が脇から伝う・・・


この部屋はなんか変だ
頭の中で警笛が鳴る
どこが変なのか あちこちに目をやる

この香り・・・
グレープフルーツの濃い香り・・・・

それはTVボードの下に異質のモノのように置かれていた

きっとかなり前に息子さんが持って来たまま放置され
丸い柑橘の形は保っているけれど
腐敗して、今にも崩れそうなグレープフルーツだった。

あぁ、これは「狂気」の香りなんだ・・・・
「孤独」と「不安」と「絶望」が混ざったら、こういう香りになるんだ・・・・と泣きたくなった。

そっと隠して処分した。

それからは私にとってグレープフルーツは悲しい果物になった。